以前ヨーロッパに留学しているときに、ウィーンでアドルフロースの設計した「アメリカンバー」に立ち寄りました。1908年築の小さなバーで、インテリアや使われている什器は当時の雰囲気を今に伝えていました。
ウィンナーコーヒーのように濃密な、100年という重みを凝縮したような空間を今でも忘れることができません。お店を出ると、地元のひとが「おまえ知ってて入っているのか?」と誇らしげなのも印象的でした。
それ以来、どのようにすればこのような濃密な空間を作ることができるのか思案して来ました。寸法や素材に秘密があるのか、はたまた設計による力なのか。。
試行錯誤を繰り返し私が至った答えは、設計者の意図を超えた「何か」が必要だということでした。 それは、時間や光、設計者の作為を超えた物や素材です。
設計者により「つくられる形」は、あくまで意図された行為で、いくら寄り集まって「綺麗に」見せることはできても、そこに「重さ」は生まれません。それが新築のもつ宿命なのです。
そこに、人の手が入り、使い続け、素材が古び、味わいが増してくると、付喪神が宿るようなオーラ、空気の密度が増してくるような気がします。 何故愛着を持って使われたものが、それを見る者にわかるのかは神秘のベールに包まれたままですが、そうなるべく日々手入れをすることが肝要なようです。
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